高速走行している状態のクルマの走行抵抗は、9割が空気抵抗が占める。エンジンの効率が何だ、駆動損失がどうの、タイヤの転がり抵抗は、なんて言われるが空気抵抗の大きさに比べれば、そんなものは微々たるものだ。
だからハイブリッドカーのプリウスはエンジンとモーターを使って燃料のエネルギーの無駄を減らすだけでなく、ボディの空気抵抗を削減する工夫が盛り込まれている。
初代プリウスの頃からホイールにマグネシウム合金を使って軽量化するだけでなく、あえてホイールカバーを装着して空気抵抗を減らす努力がなされていた。その後のボディ形状の進化は空気抵抗削減の歴史でもあった。
また高速性能を重視するクルマについては空気抵抗だけでなく揚力、クルマを持ち上げようとする力も重視しなければならない。
航空機が空を飛べるのは、空気の流れを2つに分けて速い流れと遅い流れを作ることで、遅い流れ(翼の上面)の圧力が下がることにより上に持ち上げられる揚力を作り出しているからだ。
クルマの場合もキャビンが上に出っ張っていることもあり、高速走行では揚力が発生しやすいが、これはタイヤのグリップ力を低下させて高速安定性を損なう原因になる。だからレーシングカーでは巨大なウイングを装着して、航空機とは逆にクルマを路面に押し付けてコーナリングスピードを高め、ラップタイムを短縮しているのだ。
このウイングといいうエアロパーツ、今や日産GT-Rやホンダ・シビックタイプRのような高性能モデルには必須の装備となっており、見せかけのアクセサリーではなくなっている。
それくらい自動車メーカーは空力性能には力を入れて新型車を開発しているのだ。そのために必要なのが風洞試験施設だ。
コンピュータによるシミュレーション技術が発達した現在でも、CFD(数値化シミュレーション=流体の解析などに用いられる手法)だけではリアルな空気の流れとの乖離が確認できない。そこでリアルな現場での風洞試験は欠かせないものとなる訳だ。
エアロパーツメーカーの老舗、ガレージ・ベリーはこれまで数々のエアロパーツブランドの製品をOEMしてきた。そして20年ほど前からはオリジナルパーツとブランドの開拓に力を入れてきた。
そんなガレージ・ベリーが力を入れているのがマツダ・ロードスター用のエアロパーツだ。走りを楽しむオーナーが多く、サーキット走行やワンメイクレースに参戦する際に戦闘力を高めるためのパーツも、これまで数々リリースしてきた。
「昔は糸を張って、その流れで空力特性の向上を判断したこともありましたが、風洞試験設備が利用できることを知ってからは積極的に利用させてもらっています」と中根社長。
正直言って風洞試験設備はお金がかかる。本来高速道路やサーキットを走っても得られない空気の影響力をデータ化、可視化できるから自動車メーカーは自前の風洞試験設備を設けるが、その予算は軽く100億円単位なのである。
今回ガレージ・ベリーが利用するのは、コンパクト風洞試験システムと呼ばれるもの。回流型と呼ばれるぐるりとトンネル状の流路が回された構造と違い、前方に風を起こすファンがあり、それによって車体に風を当てるシンプルなものだ。
車両を支える台上には4輪にかかる力を検知する3分力天秤が組み込まれているから、車体計測用の風洞としての性能は申し分ない。
3分力天秤とは、XYZ軸(前後左右上下)に発生する力をそれぞれの方向を検知するロードセルで計測することにより、空気抵抗とダウンフォースを計測し、車体の空力特性を判断することができるもの。
具体的には、空気抵抗は前から風を受けて、車体に発生する後ろ向きの力によって抵抗値が分かる。ダウンフォースは4輪にかかっている荷重の変化で読み取る。風を当てる前の静止状態から、風を受けて走行状態になった時に荷重が増えれば、ダウンフォースにより車体が路面に押し付けられていることになり、逆に荷重が減れば揚力が発生している、というふうに判断ができるのだ。
あらかじめホイールベースに合わせて天秤の位置は調整してある。あとは車体側の問題だ。スロープを通して天秤にマウントしても車体は風洞に対して正対しているとは限らない。そこでレーザー水準器を使って正確にクルマをマウントさせる。
まずはノーマルのバンパーで測定し、基準となる状態を測定する。こうすることで正確な前面投影面積などが分からなくても、エアロパーツの効果を分析することができるのだ。
ノーマルバンパーは空気抵抗を抑えた形状をしているが、スポーツ走行ではもう少しダウンフォースを高めた方が、コーナリング時の安定感やコーナリングスピード自体を高めることができそうだ。
そこでバンパーに追加するリップスポイラーの出番だ。ガレージ・ベリーではNDロードスター用にフロントリップスポイラーをいくつも用意している。その中でも最も高い効果が期待できるのがグライドリップスポイラーというヤツだ。
リップのボリューム、前方への突き出し量も十分にあるだけでなく、サイドにはカナードまで一体化されている。これにより、一層のダウンフォースが期待できるのだ。
ノーマルバンパーにグライドリップを装着して、再び計測。すると驚きの数字が叩き出された。何とダウンフォースが高まっているだけでなく、空気抵抗も減少しているのだ。普通はダウンフォースを高めると空気抵抗も増えてしまうもの。
しかしグライドリップの形状が優れていることから、空気の流れを整えながらダウンフォースを高めているのだ。これはデザインも含め秀逸。今後、ますます人気が出そうな予感がする。
続いて台上でフロンドバンパーをバンパースポイラーに交換。ロードスターのワンメイクレースもある富士チャンピオンズレースで使用できる認証済みのFCRフロントバンパーを装着する。
これはアンダーグリルがノーマルより大きく、ラジエターやエンジンの冷却性能を高めることにも利用できるためだ。そのため空気抵抗を減らしたい時にはグリルを半分、もしくは3分の2を覆うカバーを装着することができる。
まずはFCRバンパーでもカナードが小さいタイプを装着して計測した。そして得られた数値は、ノーマルバンパーに比べるとダウンフォースは高まっているものの、空気抵抗も増えている。しかもグライドリップの方がダウンフォースは高いのだ。
これはグリルの開口部から空気が入ってエンジンルーム内でボディを押し上げ、空気抵抗が増えると同時にダウンフォースも減らしてしまっていると思われる。車両にはエアロボンネットを装着しているものの、ストリート用にダクト内側には雨よけのカバーが装着されているので、ボンネットのダクトからは上手くエアを排出できていないのだ。
エアロボンネットかダクトカバーと組み合わせれば、さらにいい数値を叩き出せそうだ。
続いて同じFCRフロントバンパーでもカナードが大きいタイプに交換して計測する。やはりアンダーダクトが大きいためカナードが発生するダウンフォースを活かし切れていない印象だ。ダウンフォースは微増に止まった。
そこでカナード大のFCRバンパーにグリルカバーを装着して計測してみた。カバーは3分の2を覆う大型タイプだ。すると予想以上に効果が出た。ダウンフォース、空気抵抗ともノーマルバンパー+グライドリップと同程度の数値に改善されたのだ。
富士スピードウェイの走行でこのFCRバンパーを使用しているドライバーは、グライドリップよりも効果を感じているというから、エアロボンネットやGTウイングとの組み合わせにより、ボディ全体のエアロパフォーマンスが高まっているのだろう。
そうお次はそのGTウイングの装着だ。これによってフォルムは一気に戦闘的なムードになる。しかしGTウイングはダウンフォースを発生してくれる反面、空気抵抗も増えてしまうが、実際にはどれほどの抵抗になっているのかは、こうした風洞試験にかけなければわからない。
計測の結果、後輪軸のダウンフォースは大幅に向上。フロントでダウンフォースを得ていた分、リアの揚力が増えていた傾向がたちまち改善された。しかも空気抵抗は増えたダウンフォースと比べればホンの僅かだった。これは迎角を抑えて翼断面形状によってダウンフォースを発生させているからだろう。
最後に試作品のハードトップを装着して、空力特性を計測した。ソフトトップと比べ表面が滑らかで形状もいいだけに、どこまで改善されるか見ものだ。
ところが、計測結果は予想を下回るものだった。空気抵抗はわずかに改善されたものの、ダウンフォースが減少しているのだ。これはソフトトップと比べルーフの形状が丸く滑らかなことで、揚力が発生していると思われる。リアウインドウが奥まったロードスターRFのデザインを踏襲したことからも、ウインドウ周りで乱流が起きているようだ。
スモークを発生させてリアウインドウ周りにまとわせると案の定、剥離が起きて空気の流れが乱れていた。しかし完成度の高いハードトップだけにストリート用としては大いに利用価値がありそうだ。